第61回<昭和54年>全国高等学校野球選手権大会

県予選

<準決勝> 桐蔭 0-4 箕島
  1 2 3 4 5 6 7 8 9
桐蔭 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0
箕島 0 0 0 0 0 1 3 0 × 4

桐蔭がしぶとく食い下がり、5回までは全くの五分。なかでも捻金はたくみに緩急に投げ分け、打球を詰まらせるシュートも織り交ぜた頭脳的な投球にさえをみせた。
 0ー0で迎えた6回、箕島は先頭の北野が四球で出塁、上野のバントはうまい守備にあい北野が二封されたが、上野はすかさず二盗、ニ死後、久保の打球は右翼線ぎりぎりにポトンと落ちる右前テキサス安打となり、俊足の上野が本塁に駆け込んで幸運な先制点をもぎとった。
 続く7回、箕島は緊張の糸が切れたように攻めまくった。先頭の石井が右越え二塁打、嶋田が三塁線に絶妙のバントを転がし、これが内野安打となって無死一、三塁、宮本が右前安打を放って石井をかえし、さらに上野の中前安打などでこの回3点をあげ、試合を決めた。
 桐蔭は1回、敵失と死球でニ死一、二塁と攻め、3回には四球の嶋が嶋田の強肩に刺されたものの果敢に二盗を試み、6回は原が二塁打を打つなど、石井に立ち向かった。しかし、12三振を奪う石井の力投に要所を抑えられた。それにしても、箕島得意のプッシュバントをうまくさばいて2回も二封するなど、箕島をよく研究し、のびのびと戦った。泥まみれのユニホームが、その健闘を物語った。

<準決勝> 田辺商 11-1 田辺
  1 2 3 4 5 6 7 8 9
田辺 0 0 1 0 1 0 1 5 3 11
田辺商 0 0 0 1 0 0 0 0 0 1

 試合のたびに打順を組み替える田辺商。これまで8、9番を打ってきた鈴木清を2番起用し、これがズバリ的中。3回、一死ニ、三塁の好機に鈴木清は左前安打して三塁から小林をかえし先制、同点に追いつかれたあとの5回には一死一塁で鈴木清の送りバントが成功。続く上村が左中間を破って勝ち越し点を挙げ、7回には一死二塁でまたも鈴木清が三遊間を破って一、三塁とし上村の左犠飛で加点した。鈴木清は8回にもニ死満塁で押し出しの四球を選ぶなど大活躍。これに刺激されたように打線全体が田辺の四投手を打ちまくった。
 田辺は4回、先頭の西岡展が右前安打で出塁、柏木のバントで二進後、思いきって三盗し、捕手の悪送球を誘っていったんは同点に追いついた。だが8回、先発の赤堀に代わった山本順が四球を連発し、自滅したのが大誤算、ついには西岡洋がマウンドに上がり、西岡展との双子バッテリーも、これまでよく打った田辺打線が宮本に押さえ込まれてしまったのが敗因だ。

<決勝> 田辺商 1-5 箕島
  1 2 3 4 5 6 7 8 9
田辺 0 1 0 0 0 0 0 0 0 1
箕島 1 4 0 0 0 0 0 0 0 5

 田辺商最後の打者小林を三振にうち取り、4度目の甲子園が決まった瞬間、箕島・石井投手は会心の笑みを浮かべた。
『やったぞ。さあ目標は甲子園15勝だ。』嶋田投手とガッチリ握手を交わした。一塁側観覧席では母文枝さんが『あの子はやってくれると思っていました。もう、うれしくて、うれしくて。』静かに拍手を送った。
 試合は苦しかった。石井自身も『70点の出来』というほどで制球、球威ともいま一つ。粘りを身上とする田辺商打線の攻撃は気迫に溢れていた。1ー0で迎えた2回、二塁に成瀬を置き、能代にファウルで粘られた末、左越え三塁打を打たれて同点。今大会初の失点だ。『なあに、また味方が打ってくれるだろう』顔色一つ変えず、「ポーカーフェイス」で投げ続けた。その裏、無視満塁に自らのバットで勝ち越し点をあげ、さらに上野山の右翼線三塁打などで計4点もらった。3、5、6、7回と安打で走者を出す田辺商打線を余裕たっぷりにかわした。『あの子の力の投球だけではありません。みなさんのおかげです。』文枝さんは、何度も繰り返した。
 石井に立ち向かう田辺商の攻撃は、迫力があった。強肩の嶋田捕手から2つの盗塁を成功させ長打、安打数とも箕島にひけをとらなかった。岡村二塁手の父、義承さんは『ようやった、ようやった』と、田辺商の攻撃に満足していた。
  田辺商・宮本投手の顔は、くやしさでいっぱいだった。1ー1の同点に追いついた2回、無死一、二塁のピンチに浦野がバント。宮本はすばやく拾って三塁封殺をねらったが、手で球をよくにぎらないうちに、腕だけが出てしまった。球が地面にポトンと落ちて、オールセーフ。傷口を広げた。試合巧者の箕島が、この好機を見逃すはずがなかった。絶望的な4点をもぎとられた。3回以後、箕島打線を2安打に抑えただけに悔しさが残った。『残念です。ボクのミスで負けてしまった』と、くちびるをかみしめた。宮本投手の母・千寿子さんは涙ながらに『選抜で負けてあの子はショックを受けていました。それでも、翌日からすぐ練習を始め、すっかり立ち直って力をつけました。勝たせてやりたかったけど、しかたがありません。よくやってくれました。』といつまでも拍手を送り続けていた。

全国大会

<1回戦> 箕島 7-3 札幌商
  1 2 3 4 5 6 7 8 9
箕島 2 0 1 1 2 0 0 0 1 7
札幌商 0 0 0 0 0 3 0 0 0 3

 箕島が札幌商の粘りに苦戦したが、力でねじ伏せ、春・夏連覇への一歩を踏み出した。箕島の自信あふれる攻めが1回から出た。先頭の嶋田が初球をいきなり中前安打、立ち上がりに難がある鈴木だけに、この一打が効いた。宮本が手堅くバントで送ったあと、上野山が四球で一、二塁。続く北野が右前適時打して1点を先制。さらにニ死後、森川も右前打ちして計2点を奪った。こうなると箕島ペース。3回には北野が左翼へ流し打ちの大会15号本塁打。4、5回にも鈴木が制球に苦しんだあげく、ストライクを取りに行く好球を逃さず追加点をあげた。そして3点差に詰め寄られた9回には、スクイズでダメを押すなど、優勝候補らしくパワーと技を存分にみせつけた。
 札幌商は前半、石井のカーブ、シュートにタイミングが合わず、1回は3三振を喫するなど手を焼いた。しかし、前半の失点にも負けず6回に反撃した。ニ死から鈴木が四球で出たあと、山本以下が三連打を浴せて3点を奪い、石井をおびやかした。鈴木は時おりスピード豊かな速球を持ちながら、制球難からこの球を生かせなかった。また、左腕の金山への継投が一呼吸遅れたのが惜しまれる。

<2回戦> 星稜 3-4 箕島
  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18
星稜 0 0 0 1 0 0 0 0 0 0 0 1 0 0 0 1 0 0 3
箕島 0 0 0 1 0 0 0 0 0 0 0 1 0 0 0 1 0 1 4

 箕島が2度敗退の瀬戸際からはい上がって、延長18回、規定による引き分け寸前にサヨナラ勝ちするという劇的な試合をみせてくれた。これは球史に残る大熱戦ともいっていいだろう。
 18回、先頭の代打辻内が四球で出、上野山がスリーバント失敗後、北野がストレートの四球を選んだ。一死一、二塁。耳をつんざくような大歓声の中、上野は0ー2後の内角球をつまりながらも左前に適時打し、辻内が二塁からかえって3時間50分にわたる熱戦に終止符が打たれた。
 大技、小技を身につけた箕島が得意のはずのバント戦法を、固い守りの星稜にことごとく封じられ、形勢は全く不利であった。延長戦に入って12回、一死一、二塁のピンチに、星稜・石黒のバットの先に当たった難しいゴロを二塁手が捕りそこなった。考えられない失策から決勝点となる1点を失ったかに見えた。ところがその裏、二死を数え、敗色が濃くなった空気を嶋田が見事に吹っ飛ばす同点本塁打を左へ放った。
 こうした箕島は14回、安打の森川が久保のバントで二進し、投手のけん制の逆を巧みにつく三盗、粘る星稜の度肝を抜きかねないこの盗塁。だが、鍛えられた星稜ナインには落ち着きがあった。あまりほめられたことではないが三塁手の隠し球で、この三塁走者をアウトにした。一瞬ぼう然とする箕島ナイン。
 これで生気を取り戻した星稜は16回、一死後川井が死球、堅田の二塁強襲安打で一、二塁のチャンスを得た。音の投ゴロで堅田は二封されたものの、ニ死一、三塁から山下が右翼線に好打、川井がかえって、またも星稜リード、こんどこそ勝負あったかに見えた。だが、まさに大熱戦、その裏、ニ死から箕島は2ー1後左へ本塁打して3度目の同点。
 試合展開はいまだ見聞きしたことのない大試合ともいえた。箕島の大技が、大事な場面で発揮された底力はやはりたいしたものというべきだろう。しかし、敗れたとはいえ、腕も折よとばかりに、箕島打線を圧倒した左腕堅田の力投は、大いにたたえなくてはならない。そして堅田をもり立てたバックスの見事な攻守の援護ぶりも、絶賛に値する。

<3回戦> 城西 1-4 箕島
  1 2 3 4 5 6 7 8 9
城西 0 0 0 1 0 0 0 0 0 1
箕島 2 0 1 1 0 0 0 0 × 4

 星稜戦で18回を1人で投げ抜いた石井が、この日は気力の投球を見せた。やはりは疲れは相当に残っていたのだろう。球威はなく、配球とコントロールの良さで城西打線をかわした。
 石井は1回、先頭の宮林に左前安打された。ここで石井は再三、早いけん制球で走者を一塁にくぎつけ、奥原に対しては初球ストライク、二球目はシュートでバントをファウルさせて追い込み、最後は外角スライダーで見逃しの三振にしとめた。さらに川幡の時には、2ー2から外角に大きくはずし二塁へ走った宮林を刺してピンチを逃れた。落ち着いたバッテリーのプレーだった。
 箕島は1回、四球の嶋田が宮本の三前バントで二封された。城西の好防御に得意のバント戦法も失敗に終わった。しかし、そのあとは力で先取点を奪う。上野山が左翼フェンスに直接ぶつける二塁打で一死二、三塁とし、北野が初球を一塁手右を抜く二塁打で2点。左打者のひざ元に入るカーブだったが、安倍の球には力がなかった。
 城西にとって痛かったのは、4回の攻め、先頭の川幡が右中間へ二塁打した一死後、宮沢の一ゴロを北野がはじいて一、三塁、生田が三遊間を破って1点をかえしてさらに中川竜が左前安打でなお一死満塁と石井を攻めたてた。ここで安倍が投前へスリーバントスクイズしたが、石井がダッシュよくさばき、投・捕・一と渡って併殺された。これを境に、箕島・石井が球速に変化をつけて落ち着きをとりもどしただけに、惜しい逸機だった。

<準決勝> 横浜商 2-3 箕島
  1 2 3 4 5 6 7 8 9
横浜商 0 0 0 0 1 0 0 1 0 2
箕島 1 0 1 0 1 0 0 0 × 3

 横浜商が箕島の好投手石井を打ち込めるかどうかが焦点の準決勝だったが、壁はやはり厚かった。5、8回に各1点、9回には二死から一、二塁とまで迫った。しかし、これは箕島内野手のまずい守備によるもので、内容的にはほぼ完全に抑えられていたといっていい。
 石井は強打の横浜商に対し、外角球(左打者には内角球)を主体にした投球で、ピッチングを組み立てた。投ずる球は直球とカーブ。ホームプレートの一角をわずかにかすめるというきわどさで、そのコントロールのよさは驚くばかりだった。横浜商打者は、外角球に体を泳がされ、あるいは左へ引っかけるという打撃に終始した。初めての好機4回の一死三塁では中山、松村が外角の速球とカーブで一ゴロと一邪飛、石井が外角勝負で来るとわかっていて、打てなかった。
 石井と嶋田のバッテリーのうまさは、横浜商打者の目を外角に向けさせて置いて、ときに虚をつく内角球を混じえたことだ。6回のニ死一塁で、松村は逆をつく内角カーブを見逃して三振した。横浜商は、石井の技巧に持てる力を空転させられた印象が強い。
 攻める箕島は、1、2点目は見事にとった。特に3回、ニ死二塁で北野が2ー0後の外角高めの誘い球を強引にたたき左超え二塁打したのは箕島らしい力強さだった。しかし、早いリードに気がゆるんだか、失投の少なくなった宮城を攻めあぐんだ。4回一死二、三塁を策もなくつぶしたのは試合巧者らしくない。いつものようにここでたたみかけていれば、試合は楽勝に終わっていたであろう。

<決勝> 池田 3-4 箕島
  1 2 3 4 5 6 7 8 9
池田 1 0 0 1 1 0 0 0 0 3
箕島 1 0 0 0 0 1 0 2 × 4

 上り調子の池田は、この石井を簡単に打ち込んだ。1回に二塁打を放った川原は、明らかに外角に的をしぼった流し打ちだった。だが、石井はすぐ2回から投球の組み立てを変えて成功した。強気に内角を突き、外角球を“捨て球”に使った。4回この試合まで0、563の高打率をあげて打ち気満々の永井に第一球、内角に入る甘いカーブを投げた以外、ほぼ自分のペースで投げきった。速球で内、外角のコーナーぎりぎりを突き、カーブとシュートの配合も申し分なかった。投球数108、制球の良さを裏付けている。池田にリードされても最後まで冷静さを失わず、我慢強く投げ抜いた。石井の精神力も大したものだったが、石井を盛りたてた嶋田の好リードも見逃がせない。 
 橋川も良く投げた。1回緊張したためめか、球が高めに浮いた。嶋田、北野に痛打を浴びてすぐ同点にされたが、その後、5回までは、むしろ石井よりも投球は安定していた。残念だったのは6回一死から北野を歩かせたこと。上野に三遊間を抜かれて一死一、三塁のピンチとなった。このあと箕島の足にかきまわされ、重盗で1点を失った。さらに8回、鉄壁を誇った池田の内野陣に3つのエラーが出て、せっかくの橋川の好投に水をさしてしまった。 
 さすがに箕島は試合運びがうまく、勝つ野球を知っている。その上、運にも恵まれた。6回の重盗も三塁走者の北野がとび出し、橋川がうまくさばいていれば本封されたタイミングだったし、8回のエラーをさそった北野の三進も暴走気味の走塁。それが貴重な得点に結びついた。球運に見放された池田だったが、チーム一丸となった野球は決して優勝した箕島に劣るものではなかった。