第62回<昭和55年>全国高等学校野球選手権

県予選

<準決勝> 伊都 1-0 和歌山工
  1 2 3 4 5 6 7 8 9
伊都 0 0 0 0 0 0 1 0 0 1
和歌山工 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0

 横手からの変化球で内外角を揺さぶり、打たせて取る技巧派の伊都・内田。球速のある直球を主体にぐいぐい押す本格派の和歌山工・金本。両チームの対戦は予想通り1点を争う投手戦となった。
 0-0の均衡は7回、伊都が破った。先頭の内田が右中間安打し、東山の犠打で二進、久保遊ゴロで内田が飛び出して二、三塁間にきょう殺され、好機がつぶれたかに見えた。だが山本が0-1後の好球をうまく流し打って左越えに二塁打、久保を迎え入れ、これが決勝点となった。伊都が無死で走者を出したのは6回と7回の2度だけ、少ない好機を得点に結びつけた。前日、9回投げた内田は連投の疲れも見せず、6回以後は強打の和工打線を三者凡退で抑えたのが大きかった。 
 むしろ前半は和工の方が押し気味で、5回に絶好の先制機があった。中野・児玉の安打と四球で一死満塁。スクイズも考えられた。和工は強攻策に出た。しかし、後続打者がいずれも内野邪飛に打ちとられ作戦は裏目に。これが最後まで響いた。好投した金本には山本の二塁打が風に乗った一打だけに不運だった。

<準決勝> 熊野 2-3 箕島
  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15
熊野 0 0 0 0 1 0 0 0 0 1 0 0 0 0 0 2
箕島 0 0 0 0 1 0 0 0 0 1 0 0 0 0 1 3

 

 先行されても追いつき、最後には勝つ。それが箕島の強さのパターンである。まさにこの試合もそうだった。1点リードされた5回、平林の二塁打でたちまち同点に。再び1点入れられ「これまでか」と思わせた10回にも、島田の左犠飛でタイ、そして15回に本領を発揮、決着をつけた。
 この回、先頭の皆本が左中間二塁打、次打者の二ゴロで三進し、一死三塁の好機をつくった。1点もやれない熊野は、続く堺、森川を敬遠して満塁策をとった。この日3安打と当っている児島を遊ゴロで仕留め、皆本を本封。この作戦も成功したかに見えた。が、続く松林が2-3まで粘ったあと、六球目を遊撃右に内野安打し、堺が生還、3時間10分の激闘に終止符を打った。松林の打球はつまっていたが、執念で安打にしたといえる。
 ベスト4進出は49回大会(42年)以来、13年ぶりの熊野は、心配された重圧もそれほど感じられず、箕島に一歩もひけをとらなかった。5回、3つの犠打と野選、四球で1点を先制。バントを駆使し無安打で得点するソツのなさは、箕島のお株を奪っていた。10回には、一死一塁から田上の左中間を破る二塁打で再度リードし、優位に立った。このあと田上が次打者の遊ゴロで三塁を突いて刺され、加点機を逃したのが痛かった。それにしても、強打の箕島打線を3点に抑え、最後まで苦しめた熊野・伊藤のたんたんとした投球は光っていた。

<決勝> 伊都 0-2 箕島
  1 2 3 4 5 6 7 8 9
伊都 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0
箕島 0 0 0 0 1 1 0 0 × 2

 箕島・宮本投手は8回裏、最大のピンチを迎えた。2安打一死球の二死満塁。打者は今大会本塁打も放っている四番久保。
 「ここで打たれたら、何のための三年間だ。」宮本は力をこめて初球外角直球ストライク。二球目、低めの直球はファウル。2-0と追い込んだ。一球はずす場面。が、勝負だと真ん中に直球。ベンチはヒャッとした。が、これもファウル。打たれていれば「勝利を焦った完全な失投」となるところ。最後は小さく落ちる変化球で空振り三振。勝利を掌中にした。 
 「勝つ欲を持たないかん」の伊都、「思い切って行け、負ければそれまで」の箕島との気持ちの差がどう出るかが、試合の大きな焦点だった。前夜9時には床につき、たっぷり10時間眠った宮本に代表されるリラックスさ、亡くなった前部長の遺影のお守りと事故死した前主将のキーホルダなど「負けられない事情」に包まれた伊都。
  差が出た。宮本は前半、130キロ近い速球で勝負、外角低めの直球で伊都打線を寄せつけない。逆に内田はプレッシャーで腕が縮んだかのように伸びもキレもなかった。
 3回、二死一、二塁で宮端が遊撃の深い所に内野安打、一塁セーフとなる間に二塁走者松林が本塁を突いたが、間一髪アウト。4回にも伊都・中岡右翼手がボールを見失ったのにも救われ、島田が右中間三塁打。次打者皆本の初球を東山捕手が後逸。島田が本塁へ。これもタッチアウト。硬さからくる伊都のミスに箕島も焦りがあって、なかなか突っ込めない。「よし、流れが変わった」と喜ぶ伊都・窪田「いやな感じ」の箕島・尾藤両監督。
 だが、流れは変わらなかった。宮本は落ちついていた。「勝ってくるわ」とあっさり家を出た様子にスタンドの父・基さん(48)は頼もしさを感じていた。「あいつも主将になりたての時は、監督にチームを引っぱれと怒られていた。この大会はようがんばっとる。」と声援。後半はキレのいい落ちる変化球に切り替え、4回、チャンスの後のピンチも三振で仕留める。
 「点を取ってくれよ。」わめくように宮本が円陣の中心で声をあげたその5回、鈴木が死球、森川が確実にバントで進めた。児島。「打ってくるわとそれだけいって出て行きましたわ」という父・昭次さん(53)の前で、右ねらいが成功した。先制の右中間二塁打。6回にも一死三塁から皆本が初球をうまく三塁前にスクイズ(内野安打)し、意表をついた。「長打と小わざ。それが箕島野球だ。」伊都は宮本の球速に抑えられ、鋭角的に落ちるカーブにバットは空を切った。チャンスらしいチャンスは8回だけ。「宮本にやられた」と窪田監督。「宮本が踏んばり全員がよくやった。」と尾藤監督。その宮本は「やっとチームを引っ張れる自信がつきました。」と甲子園にも意欲。去年の夏、そして甲子園が終わればね、とコーチ役を約束しているスタンドの箕島少年野球チームに軽く手を振って「やったぞ」とサインを送った。

全国大会

<1回戦> 箕島 5-0 国立
  1 2 3 4 5 6 7 8 9
箕島 0 0 0 0 2 1 0 0 2 5
国立 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0

 前半は国立ペースだった。箕島は得点のきっかけをつかむのだが、国立・市川のカーブ、シュートを巧くまじえた投球に、各打者とも振り切れずに打たれていた。やっと3回、二死二塁から松林が右前安打した時は、右翼手の好返球に本塁をついた鈴木が刺されるありさまだった。箕島にとっては押しながら得点できないといういやな展開になった。
 それでも、相手ペースを力で突き破ったのはさすがといえる。5回、二塁打した平本が投手のけん制球に刺された一死後、鈴木・森川の下位打線が安打と四球などで二死、二、三塁とした。試合内容からみて、ここも箕島が逸機するようだと、流れが国立に傾く大きなポイントだった。ところが、松林が右前に打って貴重な先手をとった。この一打は2-2からのゆるい外角カーブだった。泳ぎながらも重心をうまく残して流した巧打で、2者を返した。そして6回には宮端が内角寄りの低めシュートを左へライナーの本塁打、9回は国立の乱れを逃さず、ソツのない攻めでダメを押した。
 国立は市川が好投し、バックスも持ち前の確実な守りをみせた。しかし、あまりにも打力が弱く、ミスも多かった。2回の無死一塁はバント失敗(封殺)。4,5回は走塁失敗。6回の2四球からの一死一、二塁は、2安打の名取が気負いすぎてボールに手を出し3球三振。国立としては、なんとか相手のミスを誘い、少ない好機を確実に生かしたいところだった。それが自らのミスでこうも立て続けにつぶしては勝ちみは薄い。国立なりに力を出し切った善戦ともいえるが、内容は得点以上の差がはっきり出ていた。

<2回戦> 箕島 5-0 高知商
  1 2 3 4 5 6 7 8 9
箕島 1 1 1 0 0 0 0 0 2 5
高知商 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0

 春夏連続優勝をねらっていた高知商に意外な弱点があった。高校野球では一番基本にされているバントだ。2回無死安打の沢田をバント失敗で生かせなかったあと、3回も先頭の宮本が死球で生きたが小島尚のバントは前進してきた二塁手への飛球、続く家竹が投ゴロで併殺。6回も家竹が二塁手右を破りながら、バント失敗。拙攻の連続で反撃機をつぶした。
 無死で走者を出したのは、箕島と同じ4度だが、うち三度もバント失敗しては、反撃の糸口はつかめない。宮本の投球が低めを突き、バントしにくかったこともあるが、高知商にあせりがみえ基本的なものを忘れ、いたずらに当てにいったのはまずかった。
 好投手中西も、立ち上がりから体の切れが悪く、持ち前の制球力がやや甘くなった。打者の心理を読み、うまい配球で凡打させる投球術は、さすがに高校離れしていたが無死の走者を確実にバントで進塁させる箕島の攻撃を抑え切れなかった。こうして箕島ペースに巻き込まれ、実力を出し切れぬまま姿を消した。
 箕島は1回、先頭の児島が二塁手右を破ると、手堅く送り宮本の遊ゴロが失策となる間に児島がかえり、先制の1点。2回は死球の皆本をバントで二塁に進め、二死から森川が左前へ強気のヒット・エンド・ランを決めて1点を加えた。3回も三遊間安打の松林を投前の犠打野選とバントで三進させ、島田が三塁前スクイズバントを決め、計3点を奪った。前半、両チームともほとんど同じように走者を出したが、バントの差が明暗を分けたといえる。 
  箕島は9回にも3安打と重盗で2点を加えて圧勝。持ち味を出し切った箕島に対し、高知商は最後までリズムに乗れなかった。

<3回戦> 箕島 5-3 美濃加茂
  1 2 3 4 5 6 7 8 9
箕島 0 1 0 2 0 1 0 0 1 5
美濃加茂 0 1 0 0 0 0 0 2 0 3

 箕島はさすがに試合巧者だ。相手のミスにつけ込むのが実にうまい。2回戦で箕島に敗れた高知商がそうだったように、箕島を相手にするチームは不思議とミスするが、美濃加茂もまた混乱を起こした。「箕島」の名に無言の重圧を受けてしまうのだろうか。
 箕島は2回、岩崎が左前打で出て、投手のけん制球悪投でやすやすと二進した。森川のバントは三塁前やや強かった。拾った松田は、ベースに戻ってくる岩崎をアウトにしようか一塁へ送球しようか一瞬まよった。その分遅れて、一塁送球は間一髪間に合わず、無死一、三塁。皆本は1-2後のスクイズバントをファウル。守備側としては、箕島の作戦を一度は失敗させたわけだが、皆本は次の5球目を中犠飛にしてスクイズ失敗を帳消しにして1点を先取した。
 美濃加茂はその裏、一死満塁から星屋が右越え二塁打、池戸がスクイズを決めて同点にした。しかし、4回また守りで失敗した。箕島は森川が左翼線二塁打して三盗、皆本のスクイズは見破られて空振り、森川は三本間にはさまれたが捕手の悪投で生還、一死後森脇、児島の短、長打で3点目をあげた。6回の4点目も敵失でとったもので箕島の得点でエラーがからまないものは9回だけというぬけ目のなさだった。
 箕島の左腕宮本は高知商戦ほどの球威なく、美濃加茂はしばしば好打を放った。8回は村瀬の四球を足場に黒瀬・松田の長短打で2点、しかも箕島外野手のエラーも出たが、これに乗じて一気に同点にできなかった。力はほぼ互角。試合運びの差が勝敗を分けた。

<準々決勝> 横浜 3-2 箕島
  1 2 3 4 5 6 7 8 9
横浜 1 1 1 0 0 0 0 0 0 3
箕島 0 0 0 0 1 1 0 0 0 2

 さすがに鍛え抜かれた同士だけあって秘術をつくし、精魂をかたむけた攻防は見ごたえがあった。準々決勝までの45試合中、随一の好試合といえよう。
 3点をリードされた箕島は5回、代打大西が右直落球に生き、一気に二進、児島の右前打で一死一、三塁としたあと、松林が投前にスクイズバントを決めて1点を返した。6回は一死から鈴木が右前打、森川の投前バントは愛甲が二封をあせって拾いそこねた。皆本が三前にバントして二、三塁。一打同点と追い込まれて、横浜バッテリーも焦った。森脇の一球目は真ん中のカーブで「ストライク」だったが、捕手片平は直球のサインを出していたのだろう。これを後逸した。しかし、攻める箕島も焦っていた。三塁走者に続いて二塁走者の森川も生還をねらったが三塁を大きくオーバーランしたところで止まり、三本間でアウトになった。試合巧者箕島としては珍しい走塁ミスだが、選手のやる気持ちはわからぬはなかった。
 箕島の左腕宮本は、それほど不調とは思えなかった。だが、横浜打者の打撃は鋭く、直球・カーブ・シュートと宮本の栗脱すあらゆる球種を見事にとらえた。
 1回安西の左中間二塁打とバント失策で無死一、三塁と攻め、愛甲の一ゴロで1点。2回は沼沢、宍倉の連打でつかんだ無死一、二塁から送りバント、スクイズプレーと続けて2点目。3回は二死から吉岡が左中間二塁打。左翼手一遊撃手の中継ミスをついて三進。そのあと鳥飼が二遊間を破って3点目をたたき出した。
 横浜は宮本に対して毎回の14安打、それでいて3点しか取れなかったのは箕島のピンチにへこたれない粘り強い守備力があったからだ。これ以上はやれない“4点目”を防いだ4回以降の守りでとくにすばらしかったのは、7,9回。7回は一死三塁でスクイズを見破り、9回は無死一塁から送りバントを併殺にした。力では投打とも横浜が勝っており、横浜の勝利は順当といえたが、14安打の相手に7安打の1点差の勝負に持ち込んだあたり、箕島の面目躍如たるものがあった。尾藤監督は「高知商、横浜と当り、箕島野球を思う存分見せ、はなばなしく散りたい」といった。箕島はまさに、はなばなしく散った。